【その言葉遣いで大丈夫?】 『あくまで』と『あくまでも』の違い

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ふと自分の言葉遣いが正しいか疑問に思うことはありませんか?
私はたまにあるので、辞書で調べて意味を噛み砕いていこうと思います。

調査して考えた結果『多分こうだろう』という結論を載せていきますので、参考程度に留めていただけると幸いです。

今回は「あくまで」と「あくまでも」という言葉の使い方について考えていきます。
基本的に結論だけ見ておけば知りたいであろう内容は載っていると思います。
より詳しく、雑学として知っておきたい場合は以降の項を見るといいんじゃないかな?

1.結論

「あくまでも」は「あくまで」をより強調した言い方です
どちらかの使い方が間違っているという訳ではないようです
この細かい違いまで理解して言葉を使っている人はほぼいないので、どちらを使っても違和感を持たれることはないでしょう。

日常的には「断固として」「絶対に」という意味合い、もしくは後に続く言葉を強調したい場合に用いるという認識で良いと思います。

2.辞書から考える

まずは「あくまで」の意味です。

( 副 )
〔動詞「飽く」に助詞「まで」の付いたものから〕
①際限がないさま。どこまでも。 「 -頑張る」 「 -も主張を貫く」
②ある一定の範囲内に限定するさま。 「 -憶測に過ぎない」

引用:weblio国語辞典 三省堂 大辞林 第三版

「あくまで」「あく」「飽く」だったんですね。
そう考えると①の「際限がないさま・どこまでも」という意味は連想できます。
「飽きる」ということは延々と同じことを繰り返して嫌になることを指すので、「飽きるまで」の過程は「際限がない・どこまでも続く・終わりが見えないほど」と言った意味に取れますからね。

個人的には『あくまで私の考えなのですが』と言った使い方をするので、予防線というか下げるような意味かと思っていましたが、本質的にはそういう意味では無いようです。

あくまで私の考えなのですが』
⇒『どこまでいっても私の考えなのですが』
⇒『一般的な考えではなく私の考えでしかありませんが』というように解釈していく過程で後ろ向きな意味合いだと私は認識していたようです。
まあ、この例では間違いではないんですけどね。
また、「私の考え」だと「一定の範囲に限定している」ので②の意味も含まれていると言えます。
ややこしいな・・・。

次に、「あくまでも」の意味です。

どこまでも、徹底的に。「あくまで」をより強調した言い回し。

引用:weblio国語辞典 実用日本語表現辞典

意味は「あくまで」と大差無く、「あくまで」をより強調した言い方になるようです
私は日常生活で「あくまで」と「あくまでも」を両方共無意識に使用していたので、どちらかが日本語として間違っていなくて良かったです。

3.実際の使い方

具体的に日常生活ではどんな意味で使われているかを私なりに解釈してまとめました。
例文はたまにアニメのセリフにありそうな内容や若干ふざけた内容にしています。
多分その方が記憶に残るし、真面目に書き過ぎてもつまらないからね。

①意思を曲げることはないと強調する意味で使用する。
⇒「断固として」、「絶対に」

例文

・我々はあくまで抗う!
⇒『我々は抗う』が『我々は絶対に抗う』にランクアップしている。

・我々が望むのはあくまで勝利のみだ!!
⇒勝利以外は断固として認めないという意思が感じられるようになる。

②後に続く言葉を強調する。

例文

あくまでも私の個人的な意見ですが・・・
⇒私の個人的な意見であることを強調される為、「私」の社会的地位が低い場合は『所詮私個人の意見ですが』というような自分を卑下した言い回しになる
⇒私の個人的な意見であることを強調される為、「私」の社会的地位が高い場合は『個人の意見』に重みが出て、間違いがない絶対的な言い回しになる
⇒私の個人的な意見であることを強調される為、『私個人としては嘘偽りない意見です』というように予防線を張る誤解の無いように釘を刺す(念を押す)意味にもなる。

・・・日本語って難しいなぁ。

以上、「あくまで」「あくまでも」という言葉の使い方についてでした。

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